「恐ろしき四月馬鹿(作品集)」(横溝正史)

祝・横溝正史生誕120年、作品世界はここから始まった

「恐ろしき四月馬鹿(作品集)」
(横溝正史)角川文庫

「恐ろしき四月馬鹿」
中学校の寄宿舎の
一室に寝ていた葉山は
夜中に目覚め、驚いた。
同室の栗岡が血のついた短刀を
行李の中に隠していたのだ。
翌日、他の部屋の学生・小崎が
何者かに殺害された
跡が見つかる。
部屋には激しい格闘の跡と
多量の血痕が…。

1902年5月24日に生まれた
横溝正史は、本日めでたく
生誕120年を迎えました。
1981年に亡くなったのですが、
その前年には傑作大長編
「悪霊島」を書き上げるなど、
横溝は生涯現役の作家として
活躍しました。
その最初期の作品を集めたのが
本書「恐ろしき四月馬鹿」です。
表題となっている処女作は、
なんと大正10年、
横溝19歳のときの作品です。

「悲しき郵便屋」
郵便局員・伊山は、
自分の配達受持区域に
住む女性・綾子に恋をする。
彼は彼女あての郵便物に、
楽譜だけが記された
不思議な手紙が何度も
混じっていることに気づく。
彼はそれが暗号を使った
恋文であると考え、
その解読を試みる…。

横溝の初期作品における特徴としては、
コントが含まれるという
ことでしょうか。
「悲しき郵便屋」は
暗号ミステリということもできますが、
基本的にはコントです。そして
「広告人形」「災難」も
犯罪の要素は含まれるものの
コント色の強い作品です。さらに
「キャン・シャック酒場」にいたっては
犯罪が描かれておらず、
完全にコントとなっています。

「広告人形」
その男、大海源六という
へっぽこ画工なんだがね、
その大海源六がなぜ
その広告人形の中にはいったか、
と云うのは、
こう云う理由からなんだ。
実は、非情に醜怪な容貌の
もちぬしなんだ。
その癖しょっちゅう
表へ出ていたい、と…。

「災難」
恋仲だったおしんが奉公のため
大阪に上がってくるという。
妹から駅に迎えにくるよう
頼まれた「わて」は
勇んで出かける。
七年ぶりに会うおしんは、
見違えるような
器量よしになっていた。
「わて」は大阪の町を
おしんに案内するが…。

「キャン・シャック酒場」
喫茶の女給が好きだったのは、
沖野の方だった。
失恋の事実に
打ちひしがれた「私」は
いらだちを隠せない。
ところがそんな「私」の態度に
お構いなしで、沖野は
「面白い酒場がある」といって
「私」をどこまでも誘い続ける。
その酒場は…。

特徴の二つめは、乱歩のような作品が
見られるということです。先ほどの
「悲しき郵便屋」は
乱歩の「日記帳」「算盤が恋を語る話」と
雰囲気が似ています。
「飾り窓の恋人」は
乱歩の「人でなしの恋」を彷彿とさせます
(ただしこの作品もコントです)。
「犯罪を猟る男」に登場する
「謎の青年」は、まるで明智小五郎です。
そもそも「犯罪を猟る男」は当初、
江戸川乱歩名義で発表されています。

「飾り窓の中の恋人」
新しい恋人ができたと
友人・田丸が言う。
だが、これまでも
彼がそう言うだけで、
相手は決してそう思っていない
ことばかりだった。
田丸は心配する「僕」を
M町の下総屋に案内し、
飾り窓を指さした。
あったのは
令嬢風の人形だった…。

「犯罪を猟る男」
いい気分で飲んでいる戸田の前に
現れた青年は、
Dビルディングで起きた
殺人事件について語り始める。
夕刊では須崎という男が
逮捕されたとあるが、
真犯人は別にいるのだという。
戸田はその事件の、
死体の第一発見者だった…。

特徴の三つめとしては、
印象的なトリックを
巧みに使っているということでしょう。
「丘の三軒家」では、
事故死に見せかけるトリックが、
「裏切る時計」では、
アリバイ作りを(しようとして破綻)する
トリックが、
「深紅の秘密」では、
「色盲」が、効果的に使用されています。

「丘の三軒家」
丘の上に建ち並ぶ三軒の洋館。
住んでいるのは山田畑三郎、
多賀長兵衛、
そして「私」であった。
ある朝、
多賀の自宅勝手口付近の井戸から
多賀自身の遺体が発見される。
警察は事故死と断定するが、
その後、
多賀の息子が移り住み…。

「裏切る時計」
私は今迄、その女、山内りん子
殺害の動機に就いては、
誰にも本統の事を
打開けはしませんでした。
実は、あまりに馬鹿々々しく、
お話にもならない程
頓馬な間違いに、
つい気恥しくて口に出す事が
できなかったのです。
ところが…。

「深紅の秘密」
「僕」の家に何者かが侵入し、
洋書五冊のうち
三冊を盗んでいった。
五冊の表紙の色は深紅二冊、
そして黄、紫、緑。
賊が落とした紙切れには
「黄・緑・紫」と書かれていたが、
盗まれたのは黄・赤・紫だった。
後日、ドイツの探偵が現れ…。

そして四つめは、
最終場面の大どんでん返しでしょうか。
「赤屋敷の秘密」は
後の横溝作品につながるような
血縁関係の大逆転が、
「画室の犯罪」「執念」でも
読み手をあっと言わせる筋書きが、
「断髪流行」ではいささか
後味が悪くなるような仕掛けが、
終盤に施されています。

「赤屋敷の秘密」
「私」はいつもの散歩途中、
幽霊のような
青白い顔をした青年と出会う。
青年は「私」に
黒い鞣革の本を差し出し、後日
ここで会う約束をしている男に
手渡してほしいと訴える。
訝しみながらも
「私」が承諾すると、
青年はそのあと自ら…。

「画室の犯罪」
警察官の従兄に連れられて
「私」がのぞいた殺人現場は、
おびただしい血痕と
破壊の限りを尽くされた、
酸鼻を極めた光景だった。
現場にいたモデルの女性が、
画家殺しの容疑者として
捕らえられたが、
「私」はそれに異議を唱える…。

「執念」
おりか婆さんが亡くなり、
少なくない遺産が残された。
婆さんは養子の耕右衛門とも
嫁のお作とも仲が悪く、
その遺産は秘密の場所に隠され、
二人は探し出すことが
できなかった。
二人の仲はさらに悪く、
夫婦喧嘩が絶えなかった…。

「断髪流行」
信吉は国元の兄に内緒で
「延原」という偽名を使って
一軒家を借り受け、
恋人・さち子と同棲している。
ある日、刑事が訪問し、
「延原」なる男について
調べに来たが、
さち子は口から出任せを
言ってしまう。
ところがその刑事の正体は…。

これだけバラエティ豊かな作品を
創り上げた横溝正史。
初期作品だからといって
甘く見てはいけません。
「してやられた」と思わせる仕掛けが
満載です。
ここから横溝の作品世界が
広がっていったのです。
横溝正史生誕120年記念の今、
ここから
横溝の世界へ入ってみませんか。

※本書はやはり絶版中です。
 柏書房刊「横溝正史ミステリ
 短篇コレクション①」に
 すべて収録されていますので、
 そちらをどうぞ。
 なお、電子書籍もあるのですが、
 なぜか「赤屋敷の秘密」のみ
 収録されていません。

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〔本書収録作品一覧〕
恐ろしき四月馬鹿
深紅の秘密
画室の犯罪
丘の三軒家
キャン・シャック酒場
広告人形
裏切る時計
災難
赤屋敷の記録
悲しき郵便屋
飾り窓の中の恋人
犯罪を猟る男
執念
断髪流行

(2022.5.24)

Susan CiprianoによるPixabayからの画像

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